子どもたちを小中学校の授業などで見学していると

教育が行なわれるという前提に立った名称である

目を離すことのできない幼児ですものごとの自然の姿がわからない。と思い込みかねない、おそろしい世代である人工的で商業的な言葉をはじめの言葉テレビ公害からこどもを守るには、母親が言葉についてしっかりした勉強をしておかなくてはならない。昔は必要でなかったが、いまは、これがすべての教育の基盤になると言ってよいのである。侵入者にこどもをふみつぶさせてはならない四歳になれば母乳語だけでは栄養不足になるから、離乳語を与えなくてはならない。これは母乳語とどこが違うか。母乳語は、赤ん坊の直接経験できる範囲のことしか表現できない。

親はこどもを育てた

見たり、さわったりすることのできるものの名前から母乳語は始まる。見えない抽象の世界はまだ存在しない。つまりウソの言えない言葉である。ウソというと眉をひそめる向きもあろうが、人間の言語が動物の合図などと根本的に違うのはウソがつけるという点である。人間が万物の霊長としての文化をもつようになったのも、まさにこのウソのつける記号体系離乳語があるからにほかならない。幼児が少食だと

幼児たちが成長する長期間にわたり

不安な環境があれば、それから母親の身とこころを守り、家の仕事を手伝うことも父親の役割として必要な場合があるでしょう。赤ちゃんは、抱かれるためだけに生まれてくる赤ちゃんは何のために生まれてくるのか。それは、とりあえずは母親に抱かれるためだけに生まれてくるのです。大学へいくためでも、哲学をするためでもありません。人間は、とりあえずは抱かれて母乳をもらうためだけに生まれてくるのです。

しつけしおもしろくない面のあることにも触れておきたい戦後

育てにくさと感じる点も見方を変えればことご今の若者は活力がないだとか
人間はおっぱいをもらい、抱かれるためだけに生まれてくる。これはあらゆる哲学に優先した言葉です。赤ちゃんをはじめからよく抱かずにあまやかさずに育て、早く自立させようなどと考えるのは、まったく間違っています。それは逆なのです。早く自立させるためには、はじめからよく抱いて育てることです。最初の三六カ月間、よく抱くことが特に大切です。
幼児は3才くらいになると

子どもの未来は大きく異なるんです

ぼくたちも、授業中に叱ることはありますが、子どもが帰る時はよほどのことがない限り叱りません。笑わせて、ほめて、いい気持ちで帰らせます。「ああ、今日もよく勉強した」という「満足感」と、次に塾へ来るのが楽しみになる「期待感」をもって帰ってもらうんです。これがあれば子どもたちはどんどん自分で勉強をやり出します。夫婦で意見が違う時育児や教育について夫婦で意見が違うことがあります。

子どもは遊びたいから入浴するしつけはしつけ

子供の質間に置闖返しをしてみよう
そこで話し合ってすり合わせるよりも、どちらかの意見になることが多いのですが、必ず話し合って納得したうえで意見を統一してほしいと思いますぼくたちとしても、お父さんとお母さんで言うことが違ったりすると連携がとりにくく、も混乱してしまうでしょう。子ども「形」「気持ち」ひとり親家庭は子どもの面倒をひとり親が見なければならず、いろいろな意味で負担が大きいと思いますかといって、即、家庭が不安定というわけではありません。いい心の状態でがんばっている子もいます。母子家庭のお母さんが「うちは父親がいないから」と気負ってしまうと、逆に無理が生じてぎくしゃくします。「父親がいないからこそ、いい教育を受けさせないと」「習い事もしっかりやらせないと」などと、父親がいないことをほかのことで補おうとして、かえって子どもにも無理を強いてしまうんですね。